俺氏、8年越しのシンガポー上陸です!
実は猿とシンガポーには、少なからざる縁がありまして、またシンガポーとアーセナル、これも俺の中ではほんとに密接すぎる関係で・・・。
ま、その話は後ほどさせていただくとして、
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第二の故郷、シンガポー
ついに東南アジアの最強ハブ、シンガポール、チャンギ国際空港に到着であります!
いやあ、これこれこれ、この匂いなんですよねえ・・・。
花の香りなのか、なんなのか、なんか独特の。。。よく空港にはその国の匂いがあるっていうけど、チャンギにはほんとシンガポーの匂いがあるんですよぉ!
そして出たー!東南アジア感まるだしのヤツ!
ああー、マジで来ちゃったなあ・・・をしみじみ実感です。。。
そして、迎えにきてもらったドライバーさんの車で、一路ある場所へ直行!
と、その道すがら、観ましたよ例のアレ!
バブル感丸出しのアレですよ、アレ!
その対岸には試合が行われるナショナルスタジアム。
なんか、結構デカイんすよ。。。
さて、ドライバーさんと、恒例のお天気話(シンガポーは一生真夏!)で盛り上がりながら、着いた先は、とあるコーヒーショップ。るるぶとかにはホーカーセンターって書いてあるけど、ドローカルの人はコーヒーショップって言う、まあいわゆる、ジャスコの5階にある、フードコートみたいなとこ。
そこで、待ってくれていたのは、この人、20年来の大親友、アラリック!
8年ぶりの再会です!
一期一会
何を隠そう、俺は彼のおかげで英語を学び始め、そして英国に渡りました。もし彼との出会いがなかったらアーセナルとも出会うことはなかったであろう、運命の人なのです。
(以下長文になっちゃうけど、猿がアーセナルと出会う事になったわけ。よければ読んでみてください)
彼との出会いは、ほんと運命以外の何者でもありませんでした。出会った場所は、なんと、オーストラリアのケアンズ。
当時働いていた会社の社員旅行でしぶしぶ同行した場所だったのですが、(社員旅行で海外とか聞こえはいいけど、毎月1万とか自動的に徴収されるやつな)、団体行動が苦手でサッカー部を退部したくらいの俺ですから、当然会社でも孤立しており、必然的に話し相手もなく、逝く前から既に、どうしようもなくつまらない旅行だったわけです。
そんなわけで、着いても特にする事もなく・・・でもせっかくだからまあ、何か一つくらいは爪痕残しちゃう?みたいな?感じで参加したオプショナルツアーのフェリーで、たまったま隣に座っていたのが彼、アラリックだったのです。
なんか突然英語で話しかけて来たんですよね。「どっからきたの?」とか「いつ来たの?」みたいな感じで。俺も必死で、中学英語以下のヤツで応戦したんですけど、当然太刀打ち出来るわけもなく・・・。でもそんな俺にも、ずっと笑顔で話しかけてくれた人、それがアラリックなのです。
でもツアーが終わったら「バイバイ」って言って、特に連絡先も交換しないままそのまま別れて。ああ、一期一会ってこういうことなんだなあ・・・を実感したのは、この時が初めてだったかもしれません。
運命の人
次の日、またもや何もやる事がない俺は、早朝から一人カジノへと繰り出しました。そして、隣の人が一枚10万のコインを5枚とか賭けて「I Lose♪」とか言ってる隣で、一枚1ドルのコインをチマチマやりながら、唯一ルールのわかるブラックジャックをプレー。浮き沈みありながらもプレーを続け、気づけば夜の10時過ぎ。サンダル短パンは俺一人っていう状態で。(夜はドレスコードがあるんですよね)
プレーする事約13時間。そして俺は生き残ったのです。最終的な勝ち金300ドル弱。(約3万?)おおおお!これでお土産が買えるぞー!!!と向った先は、近所のショッピングセンター。一通り見繕って店内を歩いていると、目の前から、なにやら見覚えのある顔がこちらに向って歩いて来ます・・・。
そう、それがアラリックでした。
その時初めて「一期一会」というのは嘘だ。本気でそう思いました。
俺は口が酸っぱくなるくらい提唱している、
「人生で会うべき人は、既に決まってる説!」
を確信しだしたのは、この出会いからだったような気がします。
そして当然のように「初めまして!!!」と握手をして飯を食べに行き、もうしょうがないよ!って感じで、互いの連絡先を交換したのです。
そして当時はネットのない時代。年二回くらいの手紙の交換から始まり、いつしかメールでのやりとり、そして自分が東京に出て来てからは、年一回は必ずシンガポールに会いに行くという感じで交流を深めていたわけですが、ここで一つ問題が勃発します。
そう、俺致命的に英語が出来ない問題。。。
まあ通じるわけですよ、身振り手振りで。気持ちさえあれば。余裕で。「アイウォント ヌードルヌードル!(ずるずる)」みたいな感じで。
でも、ある日嫁に云われたんですよね。
「アラリック、困ってんじゃん」
まあ、ようは、俺の英語が変すぎるので、困ってるというわけです。。。
「・・・せやな」
そこからでした。俺が英語を勉強しだしたのは。俺の想いを伝えたい一心でガチで勉強を始めたのです。
そして最終的には、本気出しすぎて、TOEIC250点の俺が英国に渡ることになるわけですが・・・。
あれから8年。俺は少しでも、自分の想いを伝えられるようになったんだろうか?と自問自答しながら、この8年のブランクを埋めるように、話は尽きず。でもね、それほど伝えられてないとしても、俺は胸を張って云えるのです。
渡英は間違えではなかったと。
だって、俺にはもう一つの素晴らしい出会いがあったのだから。
アーセナルという素晴らしい出会いが。
そんな彼と、今回、こうしてまた再会出来るとか・・・。
とにかく、神様、あざーーーす!なのです。
お待ちかねの食レポは後編に続く!
コメント
感動!
毎日楽しく拝見させてもらってます。
他人に干渉しない典型的な日本人になっていました。
気づかせてくれてありがとう!
良い旅になりますように♪
長年、ブログを拝見しておりますが
非常に熱く胸にくるものがありました
運命的な出会い、私もしてみたいです…羨ましい
なんだよ今回の記事ちょっとおもしれーじゃねーかコノヤロー
ゆるーく、良い話でした。
とてもいいお話でした。
「人生で会うべき人は、既に決まってる説!」
猿さんのこの説、大好きです。
すてきです!
また泣けるブログを…
人生で会うべき人決まってる説とても共感します。
[…] 「運命の人」猿的アーセナルアジアツアー参戦記 1日目(前編)俺氏、8年越しのシンガポー上陸です! 実は猿とシンガポーには、少なからざる縁がありまして、またシンガポーとアーセ […]